hungry travelog
美しい海。うまいメシ。豪華なホテル。アジア方面の旅の記録。
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ファテープール・シークリー。アグラで3カ所目、このインド旅行では6カ所目の世界遺産。
デリーのレッド・フォート(ラール・キラー)、アグラのアグラ城と雰囲気は似ているが、他のお城に比べてより一層の想像力が必要になる。

アグラ城を建てた第3代皇帝アクバルは、世継ぎに恵まれないのが悩みだった。
そんな折、シークリーという小さな村に住むイスラム教の聖人シエーク・サリーム・チシュティーが、皇帝は男児に恵まれると予言し、実際に後の第4代皇帝となるジャハンギールを授かった。
これを喜んだアクバルは、大胆にもシークリー村に都を移すことを決断。3キロ×1.5キロの敷地を城壁で囲み、5年をかけて街を建設、1571年に遷都した。

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せっかく新しく街を造り、都を移したというのに、わずか14年後には首都は再びアグラに戻された。
その原因は、この地のあまりの猛暑と水不足だったとされる。
僕が訪れた2月初旬はインド旅行のベストシーズンと言われるぐらいなので、そんなに無茶な暑さではなかったが、それでも汗ばむぐらい。暑さのピークになれば体温をゆうに超える暑さになり、そんな状況で水不足ではたまらないだろう。

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もちろん王族が暮らす都であり、インドの暑さであるから、水はたんまり必要だ。アグラ城には涼をとるための噴水なんてのがあったし、ここにも池があったりして、部下たちが必死にどうにか工面した貴重な水を、王族たちは好きなだけ浪費したのだろう。

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450年前にわずかの間だけ使われ、あとはそのまま放置された建物。
もちろん世界遺産だからきちんと修繕され、元の美しい姿を保っているが、華やかさには欠ける。人によっては岩が転がってるだけに見える「遺跡」を楽しめるような想像力のある人なら、ここも充分に楽しめると思うが、豪華な装飾とか直接的な美しさを求めてしまうと、ここはちょっと辛い。

これがパンチ・マハールという5階建ての建物で、たぶんファテープール・シークリーの中でもいちばんの見どころとされる。
柱だけの構造だが、これは壁が取れてしまったわけではなく、もともとこういう構造。やはり暑さが問題になる土地なので風通しをよくするためだろう。レースのような布を張って、王や宮殿の女性たちが中からチェスの様子を眺めたという。

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その「チェス」の盤がこれ。室内でチマチマやるようなスケールの小さなものではなく、広場に描いた盤に、ハーレムの女性達を駒として立たせてゲームをしたという、いわば人間チェス。

そういえば日本にも人間将棋が、将棋の駒の産地として有名な天童市にイベントとして遺されている。元はといえば、豊臣秀吉が考えたものだそうだ。更には、人間将棋が縁で天童市と姉妹都市になったというイタリアのマロスティカ市では、やはり15世紀から伝わる伝統行事として人間チェスが行われているという。

15~16世紀にイタリアで、インドで、日本で、それぞれ同じようなことが考えられていたのは、旅人が伝聞で伝えたりして、それが伝播した、ということだろうか?それとも、同じ時代に生きる人達は、同じようなことを考えるものなのだろうか?

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皇帝が暮らすところなので、ここにもディワーニ・カース(貴賓謁見の間)と、ディワーニ・アーム(一般謁見の間)がある。
ここはディワーニ・カースの中。
部屋のど真ん中の柱の上が、皇帝の玉座。皇帝と同じ高さに立つものは誰もおらず、全員が見上げなくてはいけないという造り。一見、木造のようにも見えるが、これも他の建物と同様に赤砂岩の堅牢な造り。

アグラ城でも見られたように、ムガール帝国というのは基本的にはイスラム国家だが、ここを造った第3代皇帝アクバルは土着の信仰、ヒンドゥにも理解を示した。より正確に言えば、いろいろ宗教を勉強し、結局どれも根源的には同じことを目指すものであり、変な宗派争いみたいなのは止めるべきだ、と考えた。なので、イスラム建築なのにヒンドゥの装飾的要素を取り入れるという珍しい建築様式が見られる。

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建物のはじっこまで来ると、眼下に小さな集落が見える。あれがシークリー村だろうか。
田舎にぽつんと残された都の跡、という実感が、この景色を見て初めて湧いてきた。

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さすがに現代は水道が引かれて水不足が解消されたのだろう、中庭には青々と芝生が広がる。

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ここまで見てきたのが、ファテープール・シークリーの「宮廷地区」。
この隣には「モスク地区」があるのだが、ガイドのラッキーは「あれが予言者のモスクです」とだけ遠くから解説して、すたすたと出口に向かってしまう。あれ?あそこは見られないの?と思いつつ、連れが暑さでぐったりし始めているので、あっさり諦めて車に戻ることにした。
後で他の人の写真を見たりすると、行っておけば良かったな~とちょっと後悔。もっとも、時間厳守の男・ラッキーにはいやがられただろうけど。この日は特にタイトなスケジュールで彼は焦りがちだったし。

なんだかディズニーランドのシンデレラ城みたいな建物だが、手前にあるのが門で、奥がモスク。
皇帝に息子が生まれると予言したシエーク・サリーム・チシュティーのために、アクバル皇帝が建てたものだ。

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街から遠く離れているのでそれほど観光客は多くないのだが、ここの入り口にやたらとしつこい客引きが何人かいる。相手にするどころか、相槌を打つだけでも負けだと言われていたので(笑)、隣でどんなに熱心にしゃべられても視線も向けず、ずっと無視。非常に居心地が悪い。
インドの観光地はどこも、こういう観光地の入り口に、やたらとしつこい客引きがいた。彼らも生活がかかってはいるのだろうが、まあたいてい彼らが売るものは、普通に店で買うより何倍も高いらしい。今回はガイドのラッキーがついていたから、最終的にはラッキーに振り切ってもらう作戦でどうにかなったが、あのしつこさには根負けする人もいるだろう。

ここから丘のふもとの駐車場までは、またオートリクシャーに乗っていく。地元のインド人は歩いている人も多いが、20分ぐらいはかかると思う。

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