hungry travelog
美しい海。うまいメシ。豪華なホテル。アジア方面の旅の記録。
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街のいちばんにぎわっているあたりに、王宮博物館がある。
この一帯では圧倒的に広い敷地で、ずっと白い塀で囲われているのでわかりやすい。
入り口を入るとすぐにお寺の建物があるが、これは王室専用寺院だったのだろう。見たところ、今はお寺としての実務的な機能は果たしておらず、博物館の「展示物」の一部のようだ。

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入り口で入場料を払う。敷地はかなり広いが、博物館になっている建物自体はそんなに広くもない。
敷地も、豪華な王宮というよりは、公園といった趣だ。

ルアンパバーンが都だったのは、1770年代まで。現在のラオスは当時三カ国に分かれており、そのひとつルアンパバーン王国の首都だったが、シャム王国(現在のタイ)に占領された。
1860年代になり、ヨーロッパ列強が東南アジアに進出を始める。フランス軍はメコン川を遡る調査団を派遣し、ルアンパバーンを「プノンペン以北で唯一活気のある町」だと報告した。

なおこの調査で、メコン川を中国との交易路にするのは現実的ではなく、ベトナム域内を流れる紅川のほうが良いと判断されたため、フランスはベトナムを重点的に支配することになった。ラオスには一定の自治を認めつつ、王室をその実質的なコントロール下に置くような形をとった。

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形式的には、ラオスはタイからの支配を経て独立国家となったが、実質的にはフランスの植民地だった。しかもフランス人や、フランス人が連れてきたベトナム人が経済を支配し、ラオス人は労働者以上の存在になれなかった。伝統的な産業は儲からないといって全て打ち切られ、輸出用のゴムやコーヒーの栽培、錫の鉱山開発などが、フランス主導で進められた。
実質的に奴隷のような立場に置かれたラオス人を、再び独立に導いたのは、他でもない日本軍である。この地からフランス人を追い払ったのが1940年。行政権限を日本がフランスから奪ったのが1945年3月。当時ルアンパバーン王国のシー・サワン・ウォンが、日本軍の後ろ盾のもと、独立を宣言した。
その直後に終戦を迎え、フランスは軍事力で再支配を試みるが、ラオスには既に独立の気運が高まっており、1953年に正式に独立を果たす。この時は「ラオス王国」だった。

ラオスの歴史は常に隣国と複雑に絡み合う。独立後はベトナム戦争とカンボジア内乱に巻き込まれ、発展が停滞する。1975年に王制を廃止し、現在のラオス人民民主共和国となるが、何しろ人口が600万にも満たない小さな国。最大都市のヴィエンチャンでさえ行政上は人口70万人だが、実際に都市部に住むのは20万にも満たないという。ある程度の規模がないと、なかなか産業が育たない。成人識字率は72%と、ASEANで最低レベル。フランスが植民地を支配する時に使う「ある国を支配したければ歴史と言語を奪えばよい」という残忍な政策に翻弄された小国。

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そんなことを考えながら、博物館の展示を見る。
多くは王室の豪華な飾りや、貴金属や食器のコレクション。ピンと来ない。こんなの、ラオスの歴史と言ってしまっていいのだろうか。この展示を見た外国人が「ラオスってこういう国なのか」と思っていいのだろうか。

ところで、展示の中に外国の王室からの贈り物コーナーがあって、国ごとに展示されている。ほとんどはヨーロッパの国で、銀の食器とかお皿とか。さすがに年代を経て輝きを失っている。
そんな中、日本からの贈り物だという漆塗りの器や、控えめに上品に彩られた壺が、まったく輝きを失わずに、凛とした美しさで佇む。

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博物館は、建物の向かって左手のロッカーに荷物を預ける。撮影禁止なのでカメラもそこに。
なので内部の写真はなし。上の写真は、建物の裏手。

裏手には別の建物に、王様が使った歴代の自動車とか、更に奥のほうでは外国人写真家の展覧会なんてのもやっていた。「Floating Buddha」の展示があるというので、僕はすっかりタイのカンチャナブリで水に浮かんで瞑想する女僧みたいな奴が見られるんだと思い込んで勇んで見に行ったら、普通の写真展だったのでちょっとがっかりした。お坊さんの姿をテーマにした写真展そのものは、けっこう良かったのだが。

あと、普段は出入りできないようだが、裏口から道路をはさんだ向こう側に、王宮専用の船着き場がある。かつてはここからメコン川に降りて、下流の町と交流していたのだろう。

入り口のほうにある寺院へ。
金ピカでかなり豪華な造り。屋根が八の字型で、低い位置までぐーっと広がっているのがルアンパバーン様式の特徴。

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中も金色で彩られて豪華なのだが、ガラーンとした中に、かつて王様の乗り物だったと思しき御輿がひとつ飾ってあるだけで、仏像さえも置いてないのは、ちょっと寂しい。

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寺院の入り口から王宮をのぞむ。

僕の王宮博物館に対する評価は「お暇ならどうぞ」という程度かな。ラオスの歴史が本当に知りたいならここではなく戦史博物館(そんなものがあるかどうか知らないが)に行くべきだし、町全体に歴史が積み重ねてきた豊かな遺産が残されているここルアンパバーンでは、わざわざ博物館に行くまでもなく、町全体から歴史と文化を感じることができる。

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コメント
この記事へのコメント
美しいですね。
こんばんは。
不思議な雰囲気があって、美しい町ですね。
一連の記事、拝見しました。
そろそろ行く予定なので(国立公園などが主になりますが)、参考になります。
ありがとう。
2011/03/21(月) 22:08 | URL | yokoblueplanet #-[編集]
この博物館、裸足で見て廻ったんですけど
足の裏が真っ黒になりましたね~(笑)

書斎?にたくさんの日本の分厚い本があったのには
驚かされました。

chempakaでした!
2011/03/22(火) 03:46 | URL | chempaka #-[編集]
Re: 美しいですね。
yokoさんこんばんは。
ルアンパバーンは素朴できれいな町でした。
ただ、完全に観光地なので、本当のラオスらしさを感じるためには他の町にも行ってみるべきなのかもしれませんね。近々ご訪問予定とのこと、ご感想をまた聞かせて下さい。
2011/03/22(火) 23:20 | URL | hungry_kaz #-[編集]
Re: タイトルなし
chempakaさんこんばんは。
今回の旅はほとんど寺巡りなので、靴を脱いで裸足(というか靴下)で歩かされるのにはすっかり慣れましたよ~
完全に屋外なのに靴を脱がされたりするのはちょっと参りますが、まあお寺にはありがちですよね。
ちなみにタージ・マハールは入場料が高いだけあって、靴の上からすぽっとかぶせる靴カバーを貸してもらえました(笑)
2011/03/22(火) 23:26 | URL | hungry_kaz #-[編集]
行ってきました
ウェストポーチも持ち込み禁止でした。
チャックがあいていると思って、閉めようとしたら、チャウチャウと笑われました。
2012/10/08(月) 02:42 | URL | 名なしさん #-[編集]
Re: 行ってきました
○○さんこんにちは。残念ながらお名前がわかりません。
ルアンパバーンの王宮博物館は如何でしたか?

> ウェストポーチも持ち込み禁止でした。

あちらの国々は全体的にユルいくせに、ところどころ変に厳しいですからね。

> チャックがあいていると思って、閉めようとしたら、チャウチャウと笑われました。

ぷ! まあ、旅先ではありますよね、そういうちょっとした勘違い。

これからもよろしくお願いします。
2012/10/08(月) 09:33 | URL | hungrykaz #-[編集]
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