ヤンゴンのシュエダゴーン・パヤーの続き。
仏塔を中心に東西南北の四カ所に祈祷堂があり、同じく東西南北それぞれに入り口の参道がある、という基本的な造りは、ミャンマーの他のお寺と同じ。しかしここはスケールの大きさ、緻密さ、多彩さ、色んな面でミャンマーの最高峰だ。
googleマップで見るとこんな感じ。白く見えるのが、境内の歩き回れる範囲。中央の大仏塔が周囲430メートルと聞けば、いかに広大な敷地かがお分かりいただけるだろう。
大きな地図で見る

大仏塔の周りは、地元の参拝客も観光客も多くて、常に人の流れがあるが、その周囲を取り囲むように建つ仏堂や無数の祠のほうは、ほとんど人がいない。で、これがまた、仏教のテーマパークとでも呼んだらいいのか、とにかく見所が満載なのだ。
僕らが日本で慣れ親しんでいるお寺では、仏像は見慣れていても、仏様の周辺にいる人たちまでも描いたり、彫刻にしてしまったものはあまり見かけない。信仰の対象である仏様がそこにあるのみで、「仏様がどんなにありがたいか」を表すようなものはわざわざ要らない、ということなのだろう。
しかし幼い頃から敬虔な仏教徒として育てられるミャンマーでは、案外表現がダイレクトだ。仏様と、一段低いところから祈る民衆の姿。こういうのってキリスト教の教会ではよく見かけるけど。

もうひとつ、ミャンマーに独特の、直接的な表現が、仏様の後光。
日本の仏像でも、後光を直接的に表現しているものは珍しくない。光背(こうはい)と呼ぶらしく、仏像の背後でめらめらと炎が燃えるような形の彫刻が施されているのが、それだ。しかしそれは別に光ってるわけではない。後光ってのは光るものなんだからさ、光らせようよ。とミャンマー人は光らせてしまった。しかも金や銀の飾りでは飽き足らず、電飾を持ち出した。

これは後で暗くなってから見たほうがわかりやすいので、再登場していただくが、それぞれの仏様の後ろにある派手な飾りは、絵が描いてあるのではなく、電飾がぴかぴかと輝いているのだ。僕はとっさに「パチンコ屋のような」という形容が頭に浮かんだ。
境内の随所にお坊さんを見かけるが、それほど数は多くない。どうも僧院が併設されてる感じでもないし、どこかよそに住んでるお坊さんがここまでお祈りに通ってくるのだろうか(これは想像)。
ミャンマー仏教の最高峰だけあって、地方から来たのであろうお坊さんが仏塔の写真を撮っている姿もよく見かける。

頭が3つの象は、タイ、ラオス、カンボジアにも共通して見られる。タイではエラワンと呼ばれる。東南アジアの仏教寺院では、ヒンドゥーの神様であるガルーダやガネーシャが祀られていたりするのと同様、これもヒンドゥーのアイラーヴァタという聖獣がルーツらしい。ここでも、大国インドの息吹を、間近に感じる。

仏様の一生を描いた絵巻。これは、あちこちの仏教施設で見かける。インドネシアのボロブドゥールも、周囲にびっしりと掘られたレリーフはこれと同じテーマだ。こちらは修復されたばかりと見えて、淡い色使いが美しい。ゆるやかに曲線を描く台形という形も、ちょっと珍しい。

だいぶ夕方の雰囲気になってきた。
お寺の小僧よりはむしろ、参拝にくる人々の足の裏でよく磨かれた床に、夕日が輝く。

夕暮れの、空が赤と青の淡いグラデーションになる時間。
ここは小高い丘の上ではあるのだが、残念ながら隣にある公園の木などに遮られてしまって、夕日鑑賞スポットには向かないようだ。それよりも、もう少し陽が高いところにあり、仏塔がほんのりオレンジ色に染まる姿のほうが見モノだ。

光が変化する時間帯。周囲はだんだん闇に飲み込まれていくが、黄金の仏様だけは輝きを失わない。なんだかとてもありがた~い気分になる。

祠の入り口を守るイケメンの天使。その頭上にもネオンサインが輝きはじめる。
ミャンマーは、ヤンゴンみたいな大都市でも、街にネオンサインが溢れているわけではない。だから、そもそも電飾やネオンは俗っぽいものだというイメージを、人々が持っていないのだろう。

手持ちぶさたで座り込む白人観光客たち。彼らはライトアップを待っていると思われる。
後ろにずらりと並ぶ仏様たちに、溶け込んでるように見えるのは、絵的には面白い。
が、仏像のすぐ目の前で、背を向けて座るというのはやっぱり不謹慎だろう。ま、そうは言ってもミャンマー人にもそうやって座ってるのもいるのだが。

境内が闇に包まれるにつれ、参拝客は減るどころか、増えてきて、活気が増す。平日なので、仕事を終えてから来る人が多いのに加え、ライトアップされた夜景狙いの観光客も多いということだろう。
写真の右手前に写っているお姉ちゃんたちは、ホウキを抱えてるから、境内を掃除する人たちなのだろう。一仕事終えたところなのか、これから夜の境内を掃除するところなのか。

ライトアップされた姿は次回で。
仏塔を中心に東西南北の四カ所に祈祷堂があり、同じく東西南北それぞれに入り口の参道がある、という基本的な造りは、ミャンマーの他のお寺と同じ。しかしここはスケールの大きさ、緻密さ、多彩さ、色んな面でミャンマーの最高峰だ。
googleマップで見るとこんな感じ。白く見えるのが、境内の歩き回れる範囲。中央の大仏塔が周囲430メートルと聞けば、いかに広大な敷地かがお分かりいただけるだろう。
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大仏塔の周りは、地元の参拝客も観光客も多くて、常に人の流れがあるが、その周囲を取り囲むように建つ仏堂や無数の祠のほうは、ほとんど人がいない。で、これがまた、仏教のテーマパークとでも呼んだらいいのか、とにかく見所が満載なのだ。
僕らが日本で慣れ親しんでいるお寺では、仏像は見慣れていても、仏様の周辺にいる人たちまでも描いたり、彫刻にしてしまったものはあまり見かけない。信仰の対象である仏様がそこにあるのみで、「仏様がどんなにありがたいか」を表すようなものはわざわざ要らない、ということなのだろう。
しかし幼い頃から敬虔な仏教徒として育てられるミャンマーでは、案外表現がダイレクトだ。仏様と、一段低いところから祈る民衆の姿。こういうのってキリスト教の教会ではよく見かけるけど。

もうひとつ、ミャンマーに独特の、直接的な表現が、仏様の後光。
日本の仏像でも、後光を直接的に表現しているものは珍しくない。光背(こうはい)と呼ぶらしく、仏像の背後でめらめらと炎が燃えるような形の彫刻が施されているのが、それだ。しかしそれは別に光ってるわけではない。後光ってのは光るものなんだからさ、光らせようよ。とミャンマー人は光らせてしまった。しかも金や銀の飾りでは飽き足らず、電飾を持ち出した。

これは後で暗くなってから見たほうがわかりやすいので、再登場していただくが、それぞれの仏様の後ろにある派手な飾りは、絵が描いてあるのではなく、電飾がぴかぴかと輝いているのだ。僕はとっさに「パチンコ屋のような」という形容が頭に浮かんだ。
境内の随所にお坊さんを見かけるが、それほど数は多くない。どうも僧院が併設されてる感じでもないし、どこかよそに住んでるお坊さんがここまでお祈りに通ってくるのだろうか(これは想像)。
ミャンマー仏教の最高峰だけあって、地方から来たのであろうお坊さんが仏塔の写真を撮っている姿もよく見かける。

頭が3つの象は、タイ、ラオス、カンボジアにも共通して見られる。タイではエラワンと呼ばれる。東南アジアの仏教寺院では、ヒンドゥーの神様であるガルーダやガネーシャが祀られていたりするのと同様、これもヒンドゥーのアイラーヴァタという聖獣がルーツらしい。ここでも、大国インドの息吹を、間近に感じる。

仏様の一生を描いた絵巻。これは、あちこちの仏教施設で見かける。インドネシアのボロブドゥールも、周囲にびっしりと掘られたレリーフはこれと同じテーマだ。こちらは修復されたばかりと見えて、淡い色使いが美しい。ゆるやかに曲線を描く台形という形も、ちょっと珍しい。

だいぶ夕方の雰囲気になってきた。
お寺の小僧よりはむしろ、参拝にくる人々の足の裏でよく磨かれた床に、夕日が輝く。

夕暮れの、空が赤と青の淡いグラデーションになる時間。
ここは小高い丘の上ではあるのだが、残念ながら隣にある公園の木などに遮られてしまって、夕日鑑賞スポットには向かないようだ。それよりも、もう少し陽が高いところにあり、仏塔がほんのりオレンジ色に染まる姿のほうが見モノだ。

光が変化する時間帯。周囲はだんだん闇に飲み込まれていくが、黄金の仏様だけは輝きを失わない。なんだかとてもありがた~い気分になる。

祠の入り口を守るイケメンの天使。その頭上にもネオンサインが輝きはじめる。
ミャンマーは、ヤンゴンみたいな大都市でも、街にネオンサインが溢れているわけではない。だから、そもそも電飾やネオンは俗っぽいものだというイメージを、人々が持っていないのだろう。

手持ちぶさたで座り込む白人観光客たち。彼らはライトアップを待っていると思われる。
後ろにずらりと並ぶ仏様たちに、溶け込んでるように見えるのは、絵的には面白い。
が、仏像のすぐ目の前で、背を向けて座るというのはやっぱり不謹慎だろう。ま、そうは言ってもミャンマー人にもそうやって座ってるのもいるのだが。

境内が闇に包まれるにつれ、参拝客は減るどころか、増えてきて、活気が増す。平日なので、仕事を終えてから来る人が多いのに加え、ライトアップされた夜景狙いの観光客も多いということだろう。
写真の右手前に写っているお姉ちゃんたちは、ホウキを抱えてるから、境内を掃除する人たちなのだろう。一仕事終えたところなのか、これから夜の境内を掃除するところなのか。

ライトアップされた姿は次回で。




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