hungry travelog
美しい海。うまいメシ。豪華なホテル。アジア方面の旅の記録。
≪04月   2017年05月   06月≫
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世界一周旅行記のインデックスと、これまでの記事では紹介していなかった動画です。

《旅立ち〜アラブ首長国連邦》
世界一周に旅立ちます
世界一周 第2日@アブダビ


副操縦士席から見たドバイの摩天楼

《イラン》
世界一周 第3日 ついにイラン入国!
世界一周 第4日 シーラーズのモスクに潜入
世界一周 第5日 雨のイスファハーンで「世界の半分」を見る
世界一周 第5日 (番外編)真冬の夜の夢 in イラン


シーラーズのマスジェデ・ヴァーキルの装飾


イスファハーンのマスジェデ・ジャーメでコーラン斉唱

《チュニジア》
世界一周 第6日 初アフリカ、チュニジアン・ブルーの世界
世界一周 第7日 世界遺産のスース旧市街へ
世界一周 第8日 チュニス旧市街の喧騒と「アラブの春」
世界一周 第9日 アフリカ縦断大移動

《ナミビア》
世界一周 第10日 大自然に抱かれ至福のとき ナミブ砂漠ツアー1日目
世界一周 第11日 大晦日を砂漠で。ナミブ砂漠ツアー2日目
世界一周 第12日 砂漠から水の街へ 元旦はほとんど移動日


ナミブ砂漠のデッドフレイ

《南アフリカ》
世界一周 第13日 ケープタウンの原色の世界(と白人の世界)
世界一周 第14日 ケープタウン 〜喜望峰。ペンギン。世界遺産。
世界一周 第15日 初サファリ。空港から15分でもうキリンに遭遇!
世界一周 第16日前半 野生の王国。サイと象とチーターにご対面
世界一周 第16日後半 感動。やっぱりライオンは百獣の王
世界一周 第17日 キューバへの長い長い道


目の前を悠然と横切る象の親子


"キング" & "クイーン" ライオン

《キューバ》
世界一周 第18日 キューバで迷子。社会主義国の洗礼。
世界一周 第19日 世界遺産・ハバナ旧市街を行く
世界一周 第20日 サンタクララでゲバラ詣で→世界遺産シエンフエゴスへ
世界一周 第21日 世界遺産の町トリニダー。旅の仲間とロシアン・リムジン


ハバナ・革命広場

《メキシコ》
世界一周 第22日前半 ハバナからメキシコへ。「文明社会」に戻った安心感
世界一周 第22日後半 ゆるキャラに萌える!メキシコ国立人類学博物館
世界一周 第23日 天使の町プエブラ
世界一周 第24日 神が教えてくれた絶景。サンミゲル・デ・アジェンデで世界一周大団円
世界一周 第25日&26日 旅の終わりに


世界遺産の町 サンミゲル・デ・アジェンデを丘の上から一望


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世界一周25日目。とうとう日本に帰る日がやってきた。
メキシコシティのホテルを深夜3時半に発ち、空港へ。早朝便が多いようで、けっこうな混雑。
エア・カナダのカウンターで手続きを済ませ、搭乗ゲートと書かれたほうへどんどん進んで行くと... あれ?ほんとにもう搭乗ゲート? 入国はあれだけ大変だったのに、出国はあまりにも簡単すぎないか?自分が何か抜け道を通ってしまったんではないかと後日ググってみたが、やっぱりメキシコでは出国時に航空会社のカウンターで出国カードを渡すだけで手続き完了だそうだ。

荷物を軽くするためにここまで意図的にお土産の類をほとんど買ってないが、さすがに3週間ぶりの会社に手ぶらで行くわけにもいかないので、免税店でテキーラやらチョコやら大量お買い上げ。
まずはヴァンクーヴァーへ。天候が悪くてやたらと揺れる。乗務員がロビン・ウィリアムスみたいなおっちゃんで、なんかサービスがやたらと無骨なのが笑える。

食後のコーヒーと一緒に出されるクッキー。飲み物より先に食い終わると、ロビン・ウィリアムスが「もう1枚食いなよ」と有無を言わせずに置いていくw

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約6時間でヴァンクーヴァーに到着。乗り継ぎだけなのにイミグレカードみたいなのを書かされてパスポートにスタンプも押される。が、その後は快適そのもの。
なんだか、すごく落ち着く空港だ。そんなに巨大でもなく、居住性を良くしようとすごく頑張っているのかよく分かる。案内スタッフも豊富&とても丁寧だ。で、エア・カナダのラウンジに行くと... びっくりするぐらい日本人ばかり。というかまずラウンジに入ったときのカウンター嬢の第一声が「いらっしゃいませ」だ(日本語で)。
実際、最盛期よりは衰退したとはいえ、カナダでは最大の日系コミュニティがあって3万人が暮らすそうだ(とは言えその10倍の規模の中国(香港)人コミュニティもある)。東京行きのフライトが出る前の時間帯だから日本人が多いのは当然なんだけど、この3週間、ナミビアを除くと日本人とほとんど接触しておらず、特にキューバ〜メキシコでは東洋人さえあまり見かけていなかったので、日本人そのものが珍しかったw

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さて、お時間です。
とうとうこの旅の最後のフライト、成田行き。ちょっと変わった座席で、斜め向きの3列配置。けっこう効率的にスペースが使えており、かつ、プライベート感が高くて快適だ。

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しかし、ちょっと背伸びしてしまったようで、色んな不具合があちこちで起きてる模様。僕のシートも、電動リクライニングがたびたび動かなくなる。CAを呼ぶと、床に這いつくばって、シートの下にあるリセットボタンを手探りで押してくれるのだが、なんだかいちいち大変そうで可哀相になる。
ヴァンクーヴァーを発ったのは14時で、成田到着は翌日の17時。ここまでずっと西回りで、少しずつ時差で得をして時間を有効活用してきたツケを、一気に全部払わされる感じw

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成田到着。やっぱり世界のどの空港よりも、人がセカセカ動く。入国審査場までの皆さんの早歩きぶりは半端じゃない。入国審査はまあいいとして、税関だ。パスポートにはイランのビザが貼られ、コロンビアやらメキシコやらの入国記録があり、よく見ると空白期間もある(キューバは入出国ともスタンプを押されてないので)。おまけに結局26日間剃らなかったのでヒゲぼうぼうだ。これは怪しい、と思われるに決まってる。と思ってたら完全にスルーされた。「どちらに行ってましたか」さえ聞かれない。「観光ですか」さえ聞かれない。本当に何も聞かれない。彼らはやっぱりプロで、単なる旅好きと怪しい奴をひと目で見分ける力があるのか?w

帰国したのは、東京で大雪が降って交通が大混乱した(らしい)日の翌日。それ自体はFacebookとかで見て知ってたので、多少は影響を受けるだろうと覚悟してたんだが、フライトも電車もまったく影響なし。まあ仮に雪でも、エア・カナダだから大丈夫だろう、とか思ってたんだけどw 地元駅を降りてから家に帰るまで、雪道をスーツケースを押して歩くのがいちばんキツかった。

これで26日間の世界一周はおしまい。
ちなみに僕は普通に会社勤めをしており、もちろん会社は辞めずに今回の旅行をしている。世界一周というと3ヶ月から、1年ぐらいかけてバックパッカー的に回ることが多いように、関連本などを見ていると見受けられるが、当然そんなことは普通のサラリーマンにはできない。が、世界一周旅行自体は、会社勤めを続けながらでも可能だということは、広くアピールしたい。
僕の場合は (例年取得する)一週間休暇+長期勤続でボーナス的に取得できる一週間休暇+年末年始の休日+普通の有給1日 という組み合わせで26日を捻出した。

世界一周をして自分が何か変わったか?というと、特に変わってない気はする。が、世界のどこに居ても、相手が何であろうと、「どうにかなる」という自信はついた気がする。そうは言ってもそれは相手が自分にあわせてくれたからであって、これからの世の中は英語は大前提で、ほかに中国語とスペイン語と、できたらフランス語と、あと母国語を使い分けるぐらいじゃないといかん!と思い至り、スペイン語の勉強を始めた。

あと、よく言われることだが、日本のことを、もっともっと知らないといけない。ヨーロッパ人なんかは割と日本のことも分かってたりするので、日本映画の話題とか、日本の労働環境の話題とか(ケープタウンで昼飯食いながら日本人の平均残業時間とかいきなり聞かれたw)、「日本人はなぜ○○なのか?」という質問に答えられなくてはいけない。特に「なぜ○○?」は彼らも正解を求めてるわけではなく意見を聞かれてるので、何かの受け売りではなくしっかり自分の意見を言わないと、薄っぺらな奴だと見破られてしまう。逆に言うと、こっちが「これ英語で何て言うんだっけ」と考えながら一生懸命しゃべると、一生懸命聞いてくれる。このブログでも何度か過去に書いたことがあると思うが、海外に居るときは自分は日本の看板を背負った「日本代表」なのだということを、自覚しなくてはいけない、と改めて感じた。


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メキシコ滞在3日目。世界一周通算24日目。観光ができるのは、今日が最後だ。
最後の訪問地に選んだのは、メキシコシティから4時間ほど北上したところにあるサンミゲル・デ・アジェンデ。これもまた世界遺産の町。メキシコシティからアメリカを結ぶ道沿いに16世紀につくられた町で、スペイン人、クレオール(混血)、アメリカ先住民の文化がミックスして残され、建物もメキシカン・バロックやネオ・ゴシックなどの建築様式が混在しているという文化的多様性が評価されている。
アメリカ人は1960年代からこの町の美しさに目をつけて、長期滞在したり移住したりして古い建物をメンテナンスして残してきたことから、町並は美しく残され、芸術や音楽が発達し、観光地化されつつも洗練されている。

前日のツアーで満員のマイクロバスに詰め込まれて尻が半分はみ出したまま何時間もドライブしたことがトラウマになっており、今日は片道4時間のドライブを、いったいどんな悪条件を耐えなければいけないのかと戦々恐々としていた。
ホテルのロビーに迎えが来る。車に乗り込んだら僕一人。ドライバーと会話するうちに、どんどん郊外に向かい、高速に乗る。あれ、他のお客さんは?他の車に乗り換えるんじゃないの?と聞くと、「いや、今日は君一人だよ」との答え。おっと、期せずしてプライベートツアー!途端に気が楽になる。どうやら、同じH.I.S.メキシコで申し込んだツアーなのだが、前日のやつは地元ツアー会社に委託したもので、今日のはH.I.S.が直接運営してるようだ。

少しドライブすると、高速道路が伸びる先に見えてきた色とりどりの棒。メキシコの建築家ルイス・バラガンの作品「サテライト・タワー」だ。何か機能があるわけではなくただのモニュメントなのだが、何やら強烈な印象を残す。ルイス・バラガンの作品はメキシコの建物のようにカラフルで、幾何学的なデザインが特徴で、彼の作品を見て回るツアーもたくさんある。日程に余裕があれば僕もちょっと見てみたかったので、ひとつだけでも間近で見られて満足。

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途中休憩に立ち寄った店の前で。
メキシコは今や自動車大国で、国別の自動車輸出量では世界5位だというし、町行く車も日産(トヨタより圧倒的に多い)やフォルクスワーゲンや米国メーカーのぴかぴかの新車ばかり。こういう車を見て「メキシコらしい」と言ってしまうのも失礼な話だが、なんかちょっとニヤリとしてしまった。ドライバー兼ガイドも、「アメリカ映画で見るメキシコのイメージをもってるんだろ。もっと田舎だと思ってただろ」と半分は納得した様子。

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昼ぐらいに、サンミゲル・デ・アジェンデに到着。
観光化が進んでいる一方で、町並は完全に古いまま残されているため、町の中には大型ホテルや大型駐車場がない。ドライバーもなんとか車を停めようと路地をウロウロするが、どこも路駐でびっちりで、停める隙がない。町の中心からだいぶ離れたところでようやく1台分の空きを見つけた。こりゃ大変だ。

メキシコの古い町の恒例で、町の中心部には広場があり、その目の前には町のランドマークになる大きな教会。
パロキア・デ・サン・ミゲル・アルカンヘル教会は重厚なゴシック建築。しかしピンクがかった石の色がやわらかい印象を与える。だいたいこういう教会はヨーロッパ人が設計するのがお約束だが、この教会は現地人が絵ハガキ1枚を頼りに、地面に杖で設計図を書いて建築を指示した、という。

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これ以外にも町の中心部にいくつも教会がある。日曜日の昼間という時間帯のせいか、どこに行ってもミサの最中で、教会から溢れんばかりに信者が集まっていた。ガイドはまったく臆することなく人混みをぐいぐいかき分けて中に入って行くのだが、こっちはちょっと遠慮しちゃうなあ。

最低限の見どころだけ先にガイドと一通り歩いてから、昼飯。ここからは夕方までフリーだという。
メシはガイドにお薦めを選んでもらい、トルティーヤスープと、エビのタコスにした。トルティーヤスープってのがまた典型的メキシコ味で、トマトスープに細く刻んだトルティーヤがたっぷりと、アボカドと、チーズが入ってるw

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メシの後、まずは町の中心部を歩く。市場に行ってみると野菜や果物を売ってるエリアが大きくて思ってたよりずっとローカル色が強く、ちょっと面白い。

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でもメキシコっぽいにぎやかさを感じるのは本当に町の中心の一部だけで、それ以外はどちらかというとシックな感じ。店もブティックとか小物とかギャラリーとか小洒落たホテル、レストランなんかが多い。
どの建物もきれいに彩られ、古いながらもきちんとメンテされている。

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町の中心から遠ざかるにつれ、登り坂になる。坂を登れば、その分だけ高いところから町を見渡せるので、いい気になってどんどん登る。多くの建物が、屋根の上まできれいに飾っているのには感心する。

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坂はだんだん勾配がきつくなり、ついに階段になる。標高1950メートルで、ひたすら坂を登り続けるのはけっこう辛い。少し進んでは立ち止まって写真を撮り、また少し進んでは振り返って眼下の町の景色を眺めて、ゆっくりと坂を登っていく。
本当に綺麗な町並だが、生活には不便そうだ。
しかしどこまで行ってもキリがないので、あの辺まで登ったら終わりにしようかな、と目星をつけて進む。すると、目標地点よりもさらにだいぶ先に十字架が見えた。どうやら丘の頂上に教会があるようだ。よし、そこまで行こう。

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で、たどり着いた十字架の丘。視界を遮るものは何もなく、世界遺産サンミゲル・デ・アジェンデの町が一望できる。しかもここに居るのは僕一人だけ。なんて贅沢なんだろう。
丘の頂上にはサボテンが群生してたりしてちょっと異国を感じさせるけど、見晴らしがよくて、風がさわやかで、本当に気持ちいい。
およそ3週間の世界一周の旅の、ここが最後の訪問地だと思うと、なんだか感動もひとしお。坂の途中で引き返そうと思った僕に、「何だよ。そこまで来たんなら寄ってけよ」と神様が声をかけてくれた気がして、なんだかこの丘の上に居る間、嬉しくて、幸せで、しょうがなかった。

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旧市街と少し違う方角を見ると、斜面にびっしりと建ち並ぶカラフルな建物が、これもまた綺麗だ。
これらはたぶんホテルとか、金持ち外国人の別荘とかなのだろう。サンミゲル・デ・アジェンデ旧市街を見下ろす丘の斜面に建っている、その建物をさらにこっちが見下ろす。

正直言って、このとき撮った写真は、後から見てガッカリしてしまった。まあキレイなことはキレイだが、あのときの感動は、表現できていない。もっと、思わず興奮してしまうぐらい美しかった。この場面をなんとか記録に残そうと、夢中で何枚も何枚もシャッターを切って、まあ写真ばっかり撮ってないで、この空気をもっと楽しもうぜと自分に言い聞かせて草むらに座って景色を眺めてみて、でもやっぱりこの構図はいい写真が撮れそうだ、なんてまた撮影を始めて... 夢中になって過ごした30分。
まあ、でも、こんなものものかもしれない。もう一度同じ感動を求めて、同じ場所に行ってみても、きっと同じようには感動できないだろうし。
この旅の最後の最後で、本当にこの地に来て良かった、この旅に出て良かったと心から思わせてくれた。基本的に僕はキリストに手を合わせることはないが、このときばかりは深々と頭を下げ、お礼をしてきた。

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帰り道はずっと下り坂なので、だいぶ景色を楽しむ余裕があるw
どの建物もきれいで、道にもゴミとか落ちてなくて、町にも変な不良少年とかがたむろしてるわけでもなく、本当に美しく安心して歩ける町だ。世界遺産だから自治体がしっかりケアしてるんだろうけど、ここまでできるのは、住民の意識が高いからだろう。
下の写真で向こうに見えているのが、3枚目の写真のカテドラル。

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夕方、すっかり満足してサンミゲル・デ・アジェンデを後にする。メキシコシティへ戻る途中にケレタロに立ち寄る。これもまた旧市街が世界遺産に登録されている。
かつてはメキシコ第三の都市にまで発展したというケレタロは現在も人口75万の大都市。その町の真ん中を、古い水道橋が貫く。もちろん今はもう使われていないが、水道橋と、そこから住民に水を配送すべく枝分かれした、終点の水汲み場が数多く残されている。

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ケレタロもまともに観光すれば半日では済まないとのことだが、もう夕方だしサンミゲル・デ・アジェンデでおなかいっぱいになったので、教会をいくつか見て、古い町並をドライブしてさらっと観光して帰る。メキシコシティまでは3時間ほどのドライブ。

さあ、これで、この世界一周の旅はおしまい。翌日は帰るだけだ。それも6時台のフライトなので、また3時起き。
感慨にふける暇もなく、ホテルの近所で買い物して、メシくって風呂入って荷造りして... とバタバタしてるうちにいい時間になってしまったので、寝る。
いやーメキシコ楽しかった。正直、期待値はそれほど高くなかったけど、是非また来たいと思わせてくれた。

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メキシコ2日目。ホテルの重厚なロビーを通ってレストランへ。
朝食はブッフェではなくコンチネンタルとかアメリカンとかのセットを選ぶ方式だが、そのメニューに「メキシカン」なんてのがあったので、迷わずこれをオーダー。まずはコーヒーとフルーツの盛り合わせとパンが来て、続いて恭しく運ばれてきたのが、これw

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30センチぐらいの大皿に、まず一面にアボカドソース。その上にトルティーヤチップスを敷き詰め、たっぷりとチーズをかける。そしてその上に、あまりにも巨大で折りたたんで乗っかってるステーキ。おそらくこれは、僕の今までの人生でいちばん「濃い」朝食だ。頑張ったが、半分ぐらいでリタイア。量が多いというのもあるが、同じ味で飽きる。どうしてこうメキシコ料理ってのは何でも同じ味つけなのかw

さて、今日は世界遺産の町プエブラへのツアー。
ホテルのロビーに迎えが来て、まずバンに乗り込む。その後何カ所か回って客をピックアップ。さあやっと出発か、と思ったら、着いたのは旅行会社の事務所。いったんここで降ろされ、ツアーの行き先ごとに順番に呼ばれる。ようやく僕が呼ばれたら自分一人だけだったのでラッキー!と思ったら、5分ぐらいで降ろされ、そこに待っていた車に乗れという。いったい何回乗り換えるんだ!w しかも乗り換えたバンは既にほぼ満席で、ものすごく横幅の広い親子が3人がけのところ既に2.5人分を占拠している横に、尻が半分はみ出した状態で座らされる。これは辛い。。

まあ幸い途中でこまめに休憩してくれるし、最初の目的地チョルーラまでは2時間弱のドライブなので、どうにか耐えた。
駐車場で車を降りると、いきなり目に入ってきたのがボラドーレスの儀式!30メートル以上の棒のてっぺんに人が座り、その周りを逆さ吊りにされた4人がぐるぐる回りながら、少しずつ降りてくる。もともとはメキシコ西岸ベラクルス州の伝統的な宗教行事だったが、今はあちこちの観光地で見られるらしい。
しかしここでは誰も見てない...

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チョルーラは、紀元前から栄えた町。最盛期の5世紀から8世紀頃にかけて巨大ピラミッドが建造された。底辺440メートル、容積300万立方メートル。と言われてもぴんと来ないが、エジプト・ギザの大ピラミッドが底辺230メートル、容積235万立方メートルと聞けば、とにかく巨大だということはわかる。もちろん、現存すれば世界最大のピラミッドだ。
で、これがまたまた恒例で、1519年に侵略してきたスペイン人が住民を大虐殺し、ピラミッド(トラチウアルテペトル神殿)を破壊し、その「丘」の頂上にカトリックの教会を建てた。今ではすっかり「丘」なのだが、その中にはピラミッドが眠っていて、地下通路があったり、一部が復元されたりしている。
「丘」を登ると、たいした坂でもないのにけっこう息苦しくて、ここが2200メートル級の高地だということを実感する。

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「丘」の頂上からは町が一望できる。カラフルな石造りの建物が建ち並ぶ、かわいらしい町だ。
世界遺産の登録名は「Historic Centre of Puebla」で隣町のプエブラが主役だが、実際にはこのチョルーラとプエブラがあわせて登録されている。

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このツアーは見事にスペイン語圏の参加者ばかりで、英語メインなのは、僕と1人旅のアメリカ人だけ。なので必然的にアメリカ人と仲良くなる。ガイドもどうしてもスペイン語メインになりがちなので、このアメリカ人がスペイン語もちょっとだけ分かると言って、何かと通訳してくれた。H.I.S.のメキシコ支店で申し込んだツアーなので日本人も居るだろうと思ってたんだけど、結局H.I.S.も現地のツアー会社に発注してるだけのようだ。

イランに行って初めて、イランというのはあの地域の先進国なのだということが実感できたが、ここメキシコも、ラテンアメリカの先進国なのだということを、このツアーで実感した。エルサルバドルとかコロンビアとかの人にとっては、超先進国アメリカよりも、言葉も通じるし、ほどほどの先進国であるメキシコのほうが居心地がいいのだろう。
しかし、こうやって初対面の外国人同士がいきなり会話できるのは、羨ましい。今までは英語さえできればその輪に加われると思い込んでいたが、スペイン語圏では見事にその目論見を外され、「こりゃあスペイン語と中国語ぐらいはしゃべれるようにならないとヤバイぞ」という思いが芽生えた。で、帰国後、ロゼッタストーンのスペイン語版を購入w

ガイドも一応気にしてくれて、何かと僕には個人的に呼びかけてくれる。最初のうちはちゃんと「カズユキ」と名前を呼べていたのだが、いつの間にか「カズユコ」に変わってしまった。訂正するタイミングもなかったのでそのまま放置したw

チョルーラ観光は早々に切り上げ、すぐ隣の町、プエブラへ。
まずはメシ。名物料理のコース。トルティーヤとアボカドとチーズというコテコテのメキシコ料理とはちょっと違うのが色々出てきて目新しい。このモレというのはプエブラの郷土料理だそうで、やわらかいチキンに、超濃厚ソースがかかったもの。フルーツやゴマやチリとチョコレートを煮込んだというソース。チョコレートやらフルーツやらと聞くとちょっとゲテモノを想像するが、普通に美味い。コクがある、というレベルではなく、コクそのもの、みたいな。

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食後は「天使の町」プエブラ旧市街を散策。
紀元前から栄えたチョルーラとは違って、プエブラは16世紀に築かれた町。修道士の夢に天使が現れて、ここに町をつくるようお告げがあったことから、「天使の町」と呼ばれた。教会にも、あちこちに天使の姿が。町の正式名称もかつてはPuebla de Los Angeles、ずばり天使の町だった。その後町の正式名称はPuebla de Zaragozaに変わった。1862年に軍事侵攻してきた、当時最強と言われたフランス軍を、独立後まもないメキシコ軍がこのプエブラで撃退した。そのときメキシコ軍を率いたのがイグナシオ・サラゴサ将軍だったので、その英雄の名前を町の名前に冠した。サラゴサさんは旧500ペソ紙幣の肖像画にも使われている(裏面はプエブラのカテドラル)。

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中南米で、メキシコシティに次いで二番目の大きさというだけあって、カテドラルの中は広々としている。壁や天井一面に絵が描かれてたりして結構な装飾なのだが、自然光だけの控えめな明るさなので、うるさく感じない。
設置された時期も製造国も違う巨大なパイプオルガンが3台も置かれている。

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メキシコの古い町はどこも色鮮やかだが、この町の特徴はタイル地で飾られた建物。タラベラ焼きという焼き物が盛んな土地だから、ということだろう。

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大通りにはずらーっと店が並び、道いっぱいに観光客が行き交う。少し横道に逸れても、やっぱり人通りが途絶えることはない。かなりの観光地だ。そういう意味ではたぶん安全な町なのだろう。
メキシコはとにかく治安が悪いと言われる。外務省の海外安全ホームページにも、「治安面では近年非常に悪い状態が続いており」、「治安が回復する兆しは見えていません」などと書かれている。ただ、僕が旅したたった3日だけの経験から言うと、メキシコでは一度も危険な思いも、嫌な思いもしていないし、傍目にもそんな場面は見かけなかった。有名な観光地の表通りばかりを通ってる分には当たり前かもしれないが、逆に言うと普通に観光に出かける分には全然気にするレベルではない、という気がする。

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ソカロ(広場)の前にはこんなお洒落なカフェが建ち並ぶ。
ツアー同行者には随分動きのゆっくりした年配者も混じっていたので、とにかく全体の動きが遅い。夕方5時頃にはもうメキシコシティに帰っている予定だったのだが、まだまだその時間にはプエブラでぶらぶら。まあ結果としてはゆっくり観光できたので良しとしよう。

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しかしここから帰り道がまた辛い。尻が半分しかシートに乗ってない状態で2時間のドライブ。変な姿勢なので背中や、肩のあたりまで痛くなってくる。何とかムリにでも寝てしまおうと努力して、はっと気づいたらもうメキシコシティの中心部だった。
僕のホテルがいちばん中心部に近かったので最初に車を降りる。ずっと世話を焼いてくれたアメリカ人が降りてきて、握手をして別れの挨拶。すると、道中一度も言葉を交わさなかったメキシコ人とかも手を差し出してきて別れの握手。やっぱり、見慣れない東洋人が一人だけ混じってると、なにげに注目されてた模様w
さて、明日はとうとう、この世界一周の旅の実質最終日だ。


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日本人ガイドさんと待ち合わせて人類学博物館へ。ここ旧市街から新市街を通り抜けた向こう側にある。距離はたいしたことないが、渋滞都市メキシコの、渋滞が激しいエリアなので行きはまだしも帰りは2時間かかるかも、と言われるw

人類学博物館というのは要は考古学、すなわち遺跡からの出土品と、民俗学、すなわち伝統工芸品などの展示をあわせたもの。
僕はどうも「遺跡」にはあまり興味を示せず、それよりは(たとえ歴史的な価値は低くても)現役の建物のほうがずっと面白いと感じてしまう。石コロを見て1000年前を想像するよりも、いま人々が生活する場面を眺めるほうが楽しい、というか。まあこれは単に人ぞれぞれの好みだ。
で、何でこんな僕が人類学博物館に惹かれたかというと、正直言ってよくわからない。旅行前の情報収集で、メキシコシティに行ったらここを見なきゃダメだよ的なことを書いてる旅行ブログが多くて何となく刷り込まれてしまった、それだけかもしれない。

博物館に向かう車の中でもガイドさんに「どのあたりを中心に見たいですか?」と聞かれ、素直に「いや、遺跡とかあんまり興味ないんですけど。。」と言っちゃったので引かれてしまったw じゃ、まあ、オーソドックスに有名どころを見ましょうか、と。

建物自体が凝った造りで、時代や地域ごとに分けられた展示室の真ん中の広場にあるこの建造物がまず凄い。中央の柱の彫刻とか、そのてっぺんから雨のように水が降り注いでいるところとかが古代の文明観を表現したものだそうだが、この巨大な天井を真ん中の柱一本だけで支えている!という事実に驚愕。日本じゃあり得ない!と思いつつ、メキシコもそこそこ地震の多い国じゃなかったっけ?

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展示室に入る。最初こそ、遺跡発掘現場の地図があったり、古代の人々の暮らしを再現したジオラマがあったり、いわゆる博物館っぽいノリで教科書的というかお勉強チックなのだが、実際の出土品が並び始めると雰囲気が変わる。うわ、なんか楽しい!
「ゆるキャラ」がところ狭しと並ぶ。もちろんそんなのばかりではないのだが、遺跡や歴史に興味のない僕は自然と、見て面白いものばかりに惹かれる。歴史的に重要性の高いまじめな展示を重視するガイドさんとすれ違いがちだw

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この博物館の素晴らしいところは、写真撮影自由。展示のしかたもおおらかで、手を伸ばせば触れてしまうもの多数(触っちゃダメだけど)。
また、メキシコ各地の遺跡で出土した現物をここに持ってきて、現地にはレプリカを置いてある、というパターンが多いらしく、現地に行くよりもこっちに来たほうが「本物」に出会えるらしい。まあ確かにこうやって集中管理したほうが、きちんと手の届いたメンテナンスができるのかもしれない。

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全体的には「雨乞い」をイメージしたもの:水の神様とか、その神様への生け贄とかいうものと、「生」をイメージしたもの:女性像とかが多い。それぞれの祈りを込めて造られたとか、儀式で使われたとか言われれば、納得できるような品々だ。
ところが、ときどきまったく意味不明のものがある。これは一体何を表現しているのか?

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まあゆるキャラは尽きないが、そんなのばっかりだと思われても困るので、ちゃんとしたのもひとつ。
この博物館の目玉である、アステカの太陽の石。
直径3.75メートル、重さはなんと24トン。メキシコシティの、ちょうど僕が泊まってるホテルのあたりから発掘されたという。こないだ2012年12月21日に世界が滅びるというマヤ文明の予言?が流行ったが、このアステカ・カレンダーもさまざまに解釈され、人類の未来を予言していると言われる。2011年11月24日に人類が滅亡するという解釈もあったそうだ。
まあそういうのはさておき、この石、得も言われぬ迫力を感じる。
中央に描かれる太陽神トナティウが世界の中心」に鎮座し、そこから同心円状に世界が広がる。この土地に自称文明人のスペイン人達がやってきた時、まだコペルニクスは太陽中心説を公表しておらず、ヨーロッパでは天動説が常識だった。
アステカでは高度な天文学が発達していたと一言に言っても、彼らはどうやってそれを知り得て、物凄い労力をかけてこういうものを造り、「神」に生贄を捧げ続けたのか。どうしても短絡的な僕はそこに「地球外の高度な知性」の存在を想像してしまうw

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結局、3時間ほどの解説ツアーでは12室ある1階の展示室のうち4室ぐらいしか見られず、この博物館の巨大さを思い知る。そもそも2階にも展示室が存在することすら気づいてなかったしw、じっくり観るには丸一日あっても足りなさそうだ。
しかし自分1人で観ていたら素通りしてしまいそうな展示、特に見た目の面白くないパネル展示とか年表とかをきちっと解説してもらえたのは良かった。このツアー、時間単価はちょっと高いけどお薦めできる。

帰り道はガイドさんの予告通り、10キロもない道を2時間近くかけてホテルへ。ちょうど時間帯も悪く、混雑する新市街のど真ん中だったとは言え、恐ろしい渋滞都市だ。
ホテルへ帰ると、ちょうど前の広場で何か儀式をやっていた。広場に掲げられた巨大な国旗を朝掲げるときと、夕方しまうとき、毎回こうやって軍人が集まって儀式をやるようだ。

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翌日はここから2時間ほどの距離にある世界遺産の町プエブラへのツアー。その翌日も地方都市へのツアーなので、メキシコシティが堪能できるのはこの日だけ、ということで夜もホテルの周りをぶらぶら歩いてみるが、意外と夜が早く、閉まってる店が多い。やっぱり歴史地区は観光客向けの店なので昼間勝負なのだろう。


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